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ソシャゲと人生の共通点から紐解く「人生の成功戦略」とは?

みなさんこんにちは!
ハイキネオーナーの門松タカシです!

 

スマホゲーム、ソシャゲなどなど、スマホ普及によりゲームの種類も市場も大きくなったものですね。


当ブログでは、ゲームに対して賛否両論のエントリーを上げていますが、基本の考えとしては「過ぎたるは猶及ばざるが如し」。

 

何事もバランスを考えながらやることが大切だと思っています。

 

今回はソシャゲの基本的な構造と人生戦略の共通点についてエントリーいたします。

 

人間社会の価値は情報量

 

まずソシャゲの基本構造に触れておくと、ゲーム内の価値とは情報量の多さに比例します。


課金額、レベル、キャラクター数、ゲーム進捗、経験値、アイテム数、プレイ時間などなど、どのゲームにおいても共通する価値基準です。

 

ゲームにおける価値がなくなる瞬間とは、情報の消失です。
吹っ飛ばしたことがある方なら、その絶望感たるや想像に難くないと思います。

 

これは現実世界でも同様で、日々情報を更新、構築していくことで、自分や自分の保有するモノの価値を高めていくことができます。


最たる例としては学習がそうですね。学ぶことで情報を更新し、覚えることで蓄積する。

 

例えばこれが「毎日記憶がリセットされる」と考えてみるとどうなるか?


残念ながら価値は蓄積していきません。アルツハイマーなんかはこうして考えてみると恐ろしいことですよね・・・

 

このように整理すると情報の多さが価値の高さに比例する点において、ゲームと人生はかなり似ているといえます。

 

「継続は力なり」は真理


では続いて、スマホゲームにおける、絶対的な勝利条件というものに触れておきましょう。

 

それは「やり続ける」ことです。

 

プレイ時間の少ない低レベルの段階では、当然ですが既存の熟練プレイヤーには勝てません。


しかしあきらめずにやり続けるとどうなるかというと、ゲームには上限がありますので、究極的には追い付くことができます。

 

逆にどれだけそのゲームが得意であっても、どれだけやり続けていたとしても、やめた時点でゲームオーバー。
その世界においては存在しないのと同じ状態=ログインなしになります。

 

翻って人生においてはどうかというと、基本には一緒。

 

人生にもある程度の上限はありますので、続けていたら勝てるんです。


なぜなら社会とは人間が作ったものですから、自分たちの想像を超えた作りにはなっていない、つまり天井があるんですね。

 

ただし、その天井は定期的に上がる仕組みになっているので、それこそやり続けないと、気が付いたら下層にいるなんてこともあります。


これはソシャゲでいうところの、PVPやプレイヤーランキングみたいなものですね。

こうしてみるとこの点においても共通点が出てきました。

 

この2つの共通点をまとめてみると、ゲームや人生の必勝法とは「プレイをできるだけ続ける」という、ものっすごくシンプルな回答に行き着きます。


がしかし、これが真理です。成功論や啓発系の本でも、これは共通する解になっているはずです。

 

継続できる人が異様に少ないのはナゼ?


ではなぜこんな自明の理を人間はできないのか?


それは人間の脳が不完全な構造になっているからです。

 

人間の脳は、理性的な判断と本能的な判断が拮抗するようにできているので、
「分かってはいる!・・・だが断る!」という超絶矛盾した行動をとれるんです。

 

しかも本能がベースになっているので、理性が負けやすい構造にもなっています。
実際に心理学、脳科学の本を読んでみると、人間の不合理性がよくわかりますよ。


どうも理性だけで「人生の必勝法」を実践するのは、かなり難しいようですね・・・

 

ソシャゲでいうなら、ゲームをやろうとすると電源が落ちたり、途中でフリーズしたり、違うアプリが起動するようなものです。

やれたものじゃないですね。

 

では、そういう場合はどうするかというと、そのゲームを正しくプレイできるスマホに買い替えますよね。

 

取り巻く環境を変えて自分を制御

 

同じように人生というゲームでも、正しくプレイをするためには、ベースとなる「環境」をきちんとコントロールしなくてはいけません。


それは、生活環境、業務環境、人間関係、行動習慣、価値観などであったりすると思います。

 

真に理性的であるためには、真に理性的になれる環境を地道に構築していくしかない、
これもまた、「やり続けていく」ことのひとつとなります。

 

何気なくやっているゲームでも、よくよく観察するとそこに普遍性を見出すことができます。


仮にゲームをやっていてパートナーに怒らそうになっても、「これは人生における戦略をゲームというわかりやすい媒体を使って学んで」と言い訳ができそうですね。

 

ノブレスオブリージュ 今日もみなさまが世界の救世主たらんことを
ハイキネ 門松タカシ